面倒臭くなってくる。いちいち捜査員の質問に答えていくことがたまらなくうっとおしい。いっそのこと罪を認めて楽になりたい。眠い。眠りたい。寝ることしか考えられない。取り調べとは非効率的なものだ。デジャブの繰り返しかと思うほど同じような状況が長々と続く。明らかに両者とも疲れ切っているのに、だ。狭く暗い部屋の中で響くお経のようなフレーズが、マインドコントロール的に脳の奥まで入り込み、もうどうでもよくなってくる。とりあえずここを脱出して自分の部屋で眠りたい。無実の人間がついつい嘘の事実を認めてしまう理由がよくわかる。しかも、あろうことか取り調べの担当捜査員が人気芸人であるフットボールアワーズの岩尾に似ている。その顔で「おまえ、やっただろう?」と詰め寄られる。まさに鬼気迫るシチュエーションコントだ。心の中では彼を勝手に岩尾と呼ぶことにした。短い睡眠時間にも夢の中に岩尾。起きたら目の前に岩尾。ある意味、岩尾のおかげでこの辛い取り調べを乗り切っているのかもしれない。人を笑わせるハッピーな顔だ。
「おまえ、やっただろう?」岩尾が言う。
「やってません」
「嘘をつくな」
「嘘なんかついてません」
「顔を見ればわかるんだ」
「何がわかるんですか?」
言い返すと岩尾は黙って、顔をのぞき込むように見つめてきた。気持ち悪い。笑いをこらえきれずに思わず顔を背けてしまった。
「なぜ顔を背ける?」
「いや、だって・・・」
「嘘をついているからじゃないのか?」
「違います」
「何が違うんだ?」
「それは・・・」
「何だ、はっきり言ってみろ」
「顔が・・・」
「顔?」
「似てるんで・・・」
「似てる?」
「言われたこと、ないですか?」
岩尾が他の刑事達を見回すが誰も目を合わそうとしない。まるでそのことには触れてはいけないという法律があるかのように全員沈黙を守っている。岩尾も自分が岩尾であることを認めているのか、ウンウンと自らを慰めるように頷き、最後に大きなため息をついた。なんか悪いことをしたような気がして、無意識のうちに「すいません」と声を漏らした。
「本当にやっていないんだな」岩尾が仕切り直すように言った。
「はい」
「そうか・・にしても、彼女が死んだっていうのに冷静なんだな。最近の若い奴らの気が知れん」
そうだった。あまりにも気だるい取り調べに自分がどうしてここにいるのかもわからなくなっていた。そう。理恵子が死んだ。「バイバイ」という簡素な書き置きを残して姿を消した。僕はその容疑者として今ここにいる。
「信じられないんです。理恵子が死んだなんて」
「吉田理恵子は一昨日の朝、遺体で発見された。事実だ」
「僕は見ていない。遺体が理恵子であることを確認したわけじゃない。別人かもしれない。理恵子に似せた別人かもしれない」
「遺族の確認済みだ。間違いない」
沈黙が続く。扉が開き、若い男が顔を覗かせ近くにいた刑事に耳打ちした。さらにその刑事が岩尾に耳打ちする。岩尾はちらっと僕を見た後舌打ちをした。
「おつかれさん。釈放だ 」